霞ヶ関を見てきた男 湯浅誠さん 再び内閣府へ

保坂のぶとさんとのトークライブin阿佐ヶ谷で聞く

  保坂のぶとさん(左)と湯浅誠さん
保坂のぶとさん(左)と湯浅誠さん
湯浅誠さんは自立サポートセンター「もやい」、「反貧困ネットワーク」などをつくりながら今の日本に「存在しない」とされてきた貧困問題を先頭に立って社会化し、08年末の日比谷公園での「派遣村」村長としての活躍しました。

09年10月下旬から3月上旬まで内閣府参与として、また緊急雇用対策本部貧困・困窮者支援チーム事務局長として活動していました。辞職したのは期限付きの契約に基づくものだったからです。おりしもまた参与として復帰する前日の5月9日夜、阿佐ヶ谷ロフトにて行われたトークライブに行ってきました。聞き手は前衆議院議員の保坂のぶとさん、高円寺<素人の乱>の松本哉(はじめ)さん、フリーライター二木信さん。

政権が交代したからこそ、湯浅さんにアドバイザー的役割を担う参与として声がかかったわけですが、それまで貧困と向き合って政府の対応を批判してきた湯浅さんは、内閣府の参与を引き受けるかどうか、相当悩んだとのこと。政府に働きかけてきた問題の解決の実現に近づくのかどうか確信が持てなかったと言います。しかし政治は世論を受けて動く。その世論にどれだけ社会運動が浸透しているかが実現の可能性を決める。このことが入っていく決め手になりました。

短い任期のなか、11月30日、12月21日全国で行った「ワンストップ・サービス」の試行は目を惹くものでした。離職者が職探しや住居・生活支援等のサービスの相談から手続までを一か所で受けられる「ワンストップ・サービス」は、現場を知り尽くした湯浅さんならではの提案が実現したものです。当然利用者には好評でしたが、職員には大変不評だったと言います。なぜなら、たらい回しにできないから。責任を持たなくてはならないからともいえます。縦割り行政の弊害を示す、象徴的な話だと思いませんか。

湯浅さんは政府の最先端に飛び込んでみて、施策を動かしていく困難さをつくづく思い知ったそうですが、それでも少しずつでもあきらめずに進んでいこうと意を新たにしています。頑張ってくださいね!湯浅誠さん。

そして政府が一歩を踏み出したときに後押しする運動の連帯が問われます。意見はさまざまあっても分裂しない。議論を重ねて合意点を見出す。意識的にお互いの共通基盤を見据え、ともに連携して活動していくことこそ、今後私たちに試されているのではないでしょうか。       (杉並・生活者ネットワーク 塚原 彩子)